つづり

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ユーリ!!! on ICE 感想 4話

ユーリ!!! on ICE 感想 4話

 

3話の感想で書き忘れた。ヴィクトルがアガペーの振り付けをしているときに、アガペーを神からの無限の愛と言っていたけど、神様を信じているのかな。

あと、他人と風呂に入れるか、と言っていたユーリが、そのあとで勇利とヴィクトルと温泉に入っていて、あの場所で暮らすのに慣れたんだなと思った。面白い。

冒頭、勇利のベッドにマッカチンがいたので、マッカチンはいろんな人の布団にもぐってるのかなと思った。人懐こい性格だ。

勇利が考え事をしていると失敗する、とこの時点でヴィクトルが知って、この回らしいはじまりだと思う。4話はお互いに親しくなる過程を描いていると思う

裸で風呂に入るのに慣れたと思いきや、勇利がヴィクトルを見て動揺していたのが面白い。なんでいまさら?1話から3話まで平常心に見えた。2話では全裸で何言っているの、と内心呟いていたし。ヴィクトルは神さまじゃなくて人間だ、と勇利が思い始めたから改めて動揺しているのか。

温泉でヴィクトルは、何故コーチを引き受けたか、と話していることを指摘している人がいて、そう言われれば、引き受けるなら、依頼が先にあるはずで、10話のバンケットにつながる描写だったのかと思った。

露天風呂で至近距離で会話しているところを室内の温泉からお客さんに見られていて、その中には拝んでる人もいて笑ってしまう。

チェレスティーノがヴィクトルをコーチごっこと咎めるのが好きだ。ヤコフもそうだけど本職の人からしたらコーチは思い付きでできることじゃないって知っているのと、チェレスティーノは勇利のことも気にかけているんじゃないかと思った。チェレスティーノはいいコーチだなと思う。

ユーリが優子と連絡とっているのが面白い。本当に親しくなったんだなと思う。

ミラはユーリを持ち上げてるけど、ユーリが軽いのか、ミラが力持ちなのか。ミラとユーリは親しいリンクメイトという感じがする。

ユーリが魂を売ったくらいで勝てるなら、とリリアに言っているのを見て、これが悪い大人相手だったら危ういなと思ったけど、リリアはちゃんとした大人の人だし、踊りの先生だから大丈夫だと安心できる。

ロシアの踊りの先生で思い出すのがオリガ・モリソヴナの反語法という小説だ。昔読んだから詳細を忘れてるけど、ソ連の大粛清についての話だったと思う。

リリアとよりを戻すことを期待していない、と言うヤコフはいまだにリリアが大好きなんだなと思った。

過去の曲を聞いてダメ出ししているときのヴィクトルの黒いパーカーが好きだ。似合ってる。

勇利がピチット君と話してるときに、力を抜いてしゃべってる感じがして仲のいい友達なんだなと思う。

過去の自分は死にました、というリリアのセリフが好きだ。かっこいい。

ヴィクトルは付き合っている人のことを恋人と表現する。彼氏や彼女といった言葉と違って性別を限定しないからいいと思う。

過去、勇利に恋人がいなかったと知って、機嫌のいいヴィクトルが面白い。

最初見たときは、ヴィクトルは勇利には恋人がいなかったのに、何度も恋人の話をして悪かったと思って、いつも以上に、にこやかに勇利に接しているのかと思った。

10話後に見ると、ヴィクトルは勇利に恋人がいなかったと知って、うれしかったのかと思う。アプローチの仕方をやっとつかんだと思ったのかな。

アプローチというか、これまで恋人がいた人でも、例えば、異性としか付き合ったことのない人と、同性と異性と付き合ったことのある人と、同性の人としか付き合ったことのない人だったら、どうやって関係を築くかは同じではないかなと思った。それで、誰とも付き合ったことのない人だったら、どうやって距離を詰めようか、と具体的に考えたのかもしれない。

勇利はヴィクトルのことをそんなに避けなくてもいいのにと見ていて思うけどヴィクトルはただのコーチじゃなくて、憧れの人だから余計に自己嫌悪しているのかもしれない。勇利は後の海辺の会話で出てくるように、憧れの人に自分のいやなところを見せたくなかった、と思っている。あの時あんなこと言わなきゃよかったと何度も自己反省していそうだ。

海辺の会話がなんか難しい。ヴィクトルが、カモメの声を聞くとサンクトペテルブルグを思い出すと言っていて、勇利に、そんなことはないか、と問いかけている。勇利はデトロイトで踏み込まれたくなかった話をする。

ヴィクトルは、以前なら気に留めてなかったことだけど今は違う、そういうことないかって聞いてて、勇利は周りの人たちが踏み込まないでくれたということに気づいた、という話をしてる?

慰めるように抱きしめた人を突き飛ばすって、それされたらすごく傷つくなと思ったのと、人に距離詰められたり触れられたりするのがあまり好きでない人からしたら、そこまで親しくない他人に距離詰められるのいやだなとも思った。

個人的なことだけど、急に手をつながれて振り払ったことを思い出した。いきなり触られるのが怖いと思うんだけど、手をつないだり、肩を叩いたり、ハグをしたりするのが息をするのと同じという人もいるし、そういう感覚って人それぞれなのかな。

勇利が抱きしめた人を突き飛ばした話を聞いて、ヴィクトルは多分何かしら考えたと思うんだけど、すぐに勇利を責めたりしないで、どうしてそういう行動をしたのか聞いたのが好きだ。それって変だとかおかしいとか決めつけないでいる。

ヴィクトルがさりげなく恋人でいてほしいか聞いていて、これまで、恋人がいたかずっと聞いてきて、ここではじめて、ヴィクトル自身が恋人だったらどうか、と聞いている。勇利はこの時点では恋人はないと言う。この話のあとはどうなんだろう。

勇利のヴィクトルはヴィクトルでいて、というセリフが好きだ。何の役割も持たないでいいから、ただの自分でいて、と言う。この先も何度か出てくる話だ。

勇利が少しずつ変わろうとしているのが好きだ。曲を作りなおしてもらえるよう自分から聞いたり、ジャンプを教えてほしいと言ったり。

ユーリはリリアにダメなところを指摘されてちゃんと返事をしていて素直だと思うし、ユーリも少しずつ変わっているという場面なんだと思う。

勇利は体力があるという話をしているときのヴィクトルはたいへん色っぽいと思う。

最初見たときに勇利はなんでつむじ触ったんだと思ったんだけど、それくらい親しくなって、ヴィクトルは神さまじゃないと決定的になった瞬間なのかなと思った。

リリアの家の浴室でユーリの鎖骨に水滴がたまっている(この時はユーリだったけど、以前の話ではヴィクトルだった)のを指摘している人がいて、その描写を好きな人がいるんだなと思った。

おうちの人や優子たちに祝われて、微妙な顔をしながらお礼を言う勇利は、こういうふうにお祝いされたり、注目されたりするの苦手なんだろうなと思う。苦手だけど、周囲の人の気持ちもわかるから、お礼を言うのかな。

ヴィクトルを奪って世界中から恨まれる、という話はここで出されて最後まで出てくる話だ。

1話でひとりきりだと思っていた勇利がひとりではなかったと気付く。

ユーリが自分の容姿に自覚的で驚いた。いつか終わりが来ると、ユーリも勇利も言っている。

タイトルは勇利のFSの曲だったのか、と思ったところで4話は終わる。毎話いろんなことが詰め込まれていて、見るのが楽しい。

5話から長谷津を離れて、大会がメインになっていく。

このアニメでは、1話のときからずっと、男性を意図的に性的に描いてると思う。温泉のシーンだけじゃなくて、宴会場やアイスリンクの上でヴィクトルが勇利に近づいているときも。

全部のアニメを見ていないけど、多分これまでのアニメの中で、性的な存在(もしくは性的に見る対象)は女性が多かった。もちろんこれまでも男性を性的に描くアニメもあったと思うけど。現実の世界でも性的な被写体は女性ばかりだ。その偏りと配慮の無さにしんどくなる。

アニメで女性が性的に描かれてきたのは、性自認が体の性別と一致する異性愛者の男性に向けて描かれてきたという面があったのかもしれない。昔からアニメのファンにはあらゆる性別と性的指向の人がいたはずなのに。

性自認が体の性別と一致する異性愛者の男性だけではない人たちへ向けてアニメが作られたこと、それから、女性が性的に描かれるならば、男性が性的に描かれることがあることを示していることがよかったと思う。

それと同時に、個人的な感覚なのでどうしようもないけど、人を性的に描かれるのがちょっと怖いとか居心地が悪いと思うときがあるから、難しいと思う。描かれ方の程度にもよるし、状況にもよる。

男性が性的に描かれてる、と書いたけど、このアニメでは上品に描いてあると思う。ちゃんと人間として描いてあるから、見ている人を傷つけない程度に調整していると思う。